漆原友紀『蟲師』8 ② 

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ギンコはやはりすぐピンときた様子。男の父に、男の母(つまり父親にとっては妻)が早くに死んだことを確認し、その死が普通ではなかったことを確認します。どうやら蟲のせい。(いつも通り蟲のせい!)

 

乳白色の蟲を赤子の頃に飲んで育った男は、その身体に蟲を住まわせた。その蟲の生態故、赤子であった彼は母の血をも蟲である乳に変えて、母の血肉をも吸うことで生き延びた。それと引き替えに、彼の母は涙をも乳にしながらも、息子の幸せだけを願って若くして死んだ。血を乳に変えて息子を生かした結果だった。

 

男が眠らず、疲れを知らないほどの屈強な身体になったのは、その蟲のせいだという。彼は眠らないのではなく、眠れず、その間ずっと働いたおかげでこの家は豊穣を得ているのだと。それを明らかにしたギンコは、男の身体も限界が来ているはずだから今すぐにでも蟲下しを飲むべき事を、彼の父に勧めます。

 

しかし、その家は今、何の不自由もない幸せな情況。

 

父はギンコの申し出を「恩を仇で返すつもりか」と却下。それもそうですね。自分のせいで母は死んだと思ってしまっては、息子が哀しむ。そう父は考えていたんです。

 

それでもやはりダメだと思ったギンコは男に事実の一端を話します。父は激昂します。そして、男もまた静かに蟲下しを飲むことを断ります。母の命を犠牲にしてまで生き延びた命だとしても、それで父親から母親を奪ってしまったとしても、自分もまた、守られるのではな

く守る側の人間だから、休むことはできないと。

 

一晩去って、早朝、ギンコは父親に謝罪します。自分にはこの家の幸せを壊す権利はないと。ただ、気が変われば飲んでくれと蟲下しだけ置いて、宿と飯、そして命を助けてくれたお礼を述べてその家を去ります。

 

なんだか切ない去り際でしたが、その後、ギンコが風の噂でその里に数年後には雪が積もるようになったと聞いたというエピローグで終わります。雪が降ったと聞いてちょっとぎょっとしたのですが、その家には明るい笑い声が雪の中でもこだましているという話でしめくくられていてほっとしました。

 

男は蟲下しを飲んで、皆で助け合いながら生きていくことを選んだのですね。男の体調も治ったのでしょう。確かに前より、豊穣は得られないだろうし、豊かではないかもしれないけれども、それでも家族の笑い声が続いているというのは、きっと。そういうことなのでしょう。

 

今回。ギンコはやはりその心持ちのため、介入しようとしますが。完全にギンコの価値観と家族の価値観が真っ向からぶつかりましたね。そこであっさりと引いたのが、ギンコに何らかの変化があったのかなとも思ってしまった(いや変わっていないかもだけど)。

 

なんだか。なんだか、少しだけ寂しいけど、少しだけギンコが一人で寂しいけど。家族にとってはとっても良かった結論だったと思いました。男は一人で守るのではなく、家族で守りあい、支え合いながら生きていくことを選べたのだから。

 

この話を読んで、やはりギンコは作者にとってどのような生の在り方の人なのだろう、と思いました。ギンコ自身もとてつもない過去と、価値観をもった人。彼は狂言回しなどではなく、一人の世界の、山のひとつなのだとしたら。彼がもたらし、彼にもたらされるものは、里にいる人のそれより遥かに小さく儚いもののように感じるのは何故なのか。それを寂しいと思うのは、野暮な感想だろうか。

 

生きるために生きていく、というのは。とてつもなく希望にあふれる生き方だけど、壮絶に孤独な生き方でもあると感じました。

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