漆原友紀『蟲師』7 ⑧

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「棘の道」

 

さて、続きの感想。

 

クマドが新たに蟲を入れられ、息を吹き返してギンコのいる部屋に戻ってきた。

ギンコはその事実を知りつつも普通に話しかけますが、部屋に入ってきてクマドを一目見た淡幽は

暗い顔をしました。

 

クマドにされていることを直接聞いていなくても、やはりわかるのですね。

 

それでもギンコとクマドの二人を誘い、荒野へお茶をしに行く淡幽。

 

禁種の蟲の手がかりを見つけることができなかったと悔やむクマドに、

「焦ることはないさ」と自分は生涯その蟲と連れそう覚悟はあるのだから、と笑う淡幽。

 

ちらりとそんな彼女を見やったギンコの無表情が気になります。

 

しかし、最初に出てきた淡幽よりもさらに年月が過ぎているのでしょうね。

見た目もそうですが、運命を嘆くことなく受け入れて笑う彼女の精神的な変化が見て取れます。

 

彼女は彼女自身の身を嘆く場所にはもうおらず、彼女の体に住まう蟲に翻弄される周囲の人びと、

ここではクマドに対する筆記者としての覚悟を決めた人になったような気がしました。

 

だから、とらわれた身を嘆いて、夢を見てギンコに「お前と旅がしたい」という彼女ではないのかもしれません。

クマドに対して淡幽が「1人じゃないんだよ」とお茶を差し出すシーンには涙が出そうになりました。。。涙涙

 

淡幽の精神的な強さってすごいなと思います。押しつけがましくなく、どちらかというと耐える側。

でも、耐えてつぶれるのではなく、そこから楽しみを見出して笑っていられる強さ。

そして、自分と蟲を受け入れたからこそできる、他人への愛情のこもったまなざし。

 

きっとそれにクマドは救われているのではないでしょうか。

少なくとも、魂なき心にも何かしら響くものがあるのだと思います。

 

だからこそ、ギンコが垣間見たクマドの記憶には、彼女の姿が残っていたのだと。

そう思いたい。そうあってほしい。いや、そうだきっと!!笑

 

最後のシーン、黙ったままのクマドと軽口を言い合うギンコと淡幽。

その三人の絵姿がとっても素敵で、なんだか和みました。

 

 

どれだけ暗いもののなかにも一息つく優しい時間はあるのだと。

 

 

それにしても今回のお話で、禁種の蟲に関わる両家の輪郭が少し見えて、色々と考えさせられることがありました。

 

はるか昔にこの世のすべての生命を根絶やしにせんとしたという、幻の禁種の蟲。

その蟲の正体も、封じた方法も記録にはない。

 

ただ、あるのは伝聞と、筆記者のなかに確かに存在する何らかの蟲。

 

 

症状だけを聞いていれば、淡幽の足が動かないというもののみ。

 

 

彼女を広い屋敷に閉じ込めているのも、クマドのような人ならざる人を作っているのも、

すべては禁種の蟲ではなく、その蟲に対する人々(ここでは狩房と薬袋の両家)の怖れではないでしょうか。

 

 

本当に怖いのは、禁種の蟲ではなく、怖れに惑わされた人なのではないか。

そんなことを思いました。

 

 

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