漆原友紀『蟲師』2 ④

 

 

 

 

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「雨がくる虹がたつ」

今回も最高のお話!!

今回は情景の美しさもさることながら、虹郎のダメっぷりも何だか面白い!そして、何より面白いと思ったのは、ギンコの生き方と作者のメッセージが感じ取られた回だったということですね!

 

雨の日。雨宿りに一本の大木の下に自然に集う旅人達。そこで、ほんの僅かな時間を共にし、雨があがればそれぞれに散っていく人びと。こういうのもなんだか好き……。

しかし、雨のときのギンコの雨除けの方法が……。笑 普通、和装だと編み笠がそのまま雨除けになるんだけど、洋装のギンコはどうすんだろ、とか思ってたら、コート頭からかぶるんだ!笑 なるほどな!ほぼ濡れてるけどな!まあ、編み笠でも同じようなもんか。

 

大木の下で知り合った虹郎が「虹を持って帰るんだ」と甕を指して言った言葉に、「ほー」と返すギンコの顔がまた面白い。笑

信じてない無な感じが面白い。笑

 

虹郎が追っているのが、虹蛇という蟲のことだと知ったギンコは、虹郎に共にその蟲を探すことを提案します。自分が蟲の情報を教え、見つけやすいところを教えるのと引き替えに、当分の飯代を請求するあたり、なかなか厳しい。笑

 

虹郎の疑問「あんただって何か目的があって旅してたんじゃないのか」と。答えるギンコは特に目的があって旅をしているのではないので、立秋までなら、とのこと。やはり彼が旅をしているのは、その体質故なのですね。

 

その後、雨宿り中の二人の会話がなかなか興味深かったです。

 

虹郎「何か生きるための目的を作らにゃ、〝ただ生きてく〟事すらできねえ。……目的がなくて旅を続ける気になるものなのか?」

ギンコ「そりゃたまに休みたくもなる。そういう時こうやって目的を作る。そうすればこうやって余暇も生まれるだろ。〝ただ生きる〟ために生きてるぶんには余暇ってもんがないからな」

 

印象的なこのやり取り。二人の生に対する考え方の根本的な差異が浮き彫りになっていますね。

 

〝ただ生きる〟ことが出来なくて生きる目的を求める虹郎。〝ただ生きる〟ために生きるギンコ。

 

その後、虹蛇を見つけた二人。ようやく見ることのできたそれを前に、目的を達成した虹郎は次にどうするか。「しばし考えるさ」と虹郎は言い、お前はどうするのかとギンコに問う。答はない。

 

「あー、こいつと同じか。また、流れるだけだよな」

 

このお話。ギンコの生き方が結果的に肯定的に描かれているこのお話。とっても素敵でした。もちろん、虹郎の生き方が否定されているわけじゃないんですが。

 

ここで得られたメッセージ。

 

ただ、生きているというだけで良い、ということ。

 

きっと、今の世の中「自分は何のために生きているのか」ということを自問し、「誰かのために」「社会のために」と何らかの目的を設定し、生きている人が多いと思います。それはそれでとても良い生き方ですが、どうしてもその目的が見つからなかったり、自棄になってしまうときもあります。

 

そういう時、思うのです。

 

「ただ、生きている」それだけで価値があるのだと、誰かが教えてくれれば、「生きる目的」を探すために生を焦る必要に駆られることはないのではないか、と。

 

ギンコの生き方は、「ただ生きる」という目的のない、そのままの生を甘受するもの。「向上心がない」とか「夢がない」という反駁は野暮だというものでしょう。

 

「ただ生きる」だけに生きられることの幸せ。それがどれほど得難い幸せなのか、と私は思うのです。

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