漆原友紀『蟲師』2 ③

 

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「露を吸う群」

こちらも、心にいい知れない感情を残す、とても切ない物語。大好きな物語のうちのひとつです。

化野先生の紹介で、少年の漕ぐ舟で離島へと赴くギンコ。その離島にいる「生き神」を見てもらいたいという少年。潮の流れが複雑で漁にも出れない島に居着いた人びと。島から出るのも入るのも、大潮のときだけ。ひと月に一度限り。

 

海や山だけでなく、離島へも赴くとは……ギンコさん、なかなかフットワーク軽いです。依頼一つで西へ東へ。山野へ海原へ。蟲師というのは、なかなか大変なお仕事ですね。

 

さて、今回は「生き神」信仰などなど、「日本」的でありながら、宗教性も、過度な「日本」性も垣間見えない『蟲師』のなかでも、少しながら宗教色のある物語のように思いました。

 

離島での貧しい生活のなか、人びとが心の支えにしているのが、生き神様。朝目覚め、夜が深まる頃に老いてその一生を終える。そしてまた、朝若返って目覚める。そんな人間の時間とは全く異なる様を生きるヒト――それが生き神様。島に何人か出るその生き神様を拝むことで、人びとの病は治るという――。

少年はその物語は島主のウソだという。自分の母は生き神様を信仰していたのに、なくなってしまったから。そして、友人の少女、あこやが生き神様としてあこやの父である島主が利用しているのを知ってしまったから。

 

少年――ナギは島を出て行った者だから、彼とギンコは見つかるとヤバイという……。今回はなかなかデンジャラスな展開!ギンコも「面倒臭いとこ来ちまった」とちょっと後悔するも、ナギの必死な願いに、生き神を治し、あこやを元の少女へと戻すことに手を貸すことを約します。

 

一度あこやの老い死にのサイクルを見て、島中を歩き回り、他にも同じような症状におかされている動物を被験体として数日後に治療法を見つけるギンコ。

 

……なかなかギンコさん、優秀なんじゃないか。そんな数日で見つかるもんなのか、とも思った。笑

 

あこやを治療するも、島主に見つかり、窮地に陥るギンコとナギ。しかし結局、島主はあこやから生き神様の仕掛けを教えてもらった島の住人達に殺されてしまいます。

 

殺された父を見て、自分のせいで父は死んだのだと思ったあこやは、再び蟲をその身に寄生させ、再び生き神に戻ってしまう。

 

今度の寄生は深く、ギンコにも手出しできなかったので、結局のところ、島にもたらされたのは生き神の信仰を作っていた島主の死。そして生き神信仰のからくりの暴露、ということだけでした……。

 

結局、誰かが幸せになったとは言えない終末。

 

あこやが最後、「向こうなら生きていけるの」とナギに言ったように、ヒトとして生きるよりも蟲に寄生されて、一日一生の短い生を望み、治療されても再び生き神に戻る者もいた。

 

あこやが恐怖したように、目の前に広がるあてどない膨大な時間。それを前にヒトは立ちすくむ。あこやも、そしてナギもそれは同じ。

膨大な時間。死ぬまで生きることの恐怖。それを、誰よりも知っているのであろうギンコは、恐怖してはいないのでしょうね。

 

最後にナギに言った言葉はとても心に刺さりました。

 

「普通に生きりゃいいんだよ。魚が獲れりゃ少しは楽になるだろう。いつでも舟を出せるよう、あの洞を皆で削ればいい。……容易な事じゃあないだろう……だが、お前の目の前には、果てしなく膨大な時間が、広がっているんだからな」

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