漆原友紀『蟲師』2 ①

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『蟲師』二巻!

一巻目が蟲の世界の導入であったとするなら、二巻は人間と蟲の世界の在り方について描かれた回であったように思います。恐れるものと親しむもの、利用しようとするものなど、蟲とどのように接するのか、それぞれの人間の有様、そしてそこから生じる人間の悲しい物語や喜びの物語など。そして、それに対してギンコはどのような姿勢で接する人物なのか、ということが細やかに描かれた回が多く収録された二巻!

好きな話ばかりなので、テンションあがります!

 

さて今回は「やまねむる」。

何故、ギンコが旅を続けているのか、ということが少し分かった回でした。そして今回はアニメではカットされている台詞などが多い回でもありました。

冒頭の挿入。

 

「山で鉦の音を聞いたならそちらへ進めば獲物を見る

それは山の神の咆哮」

 

あと山で起こる怪異などの説明もカットされています。やまねむるは、特に日本の民話的な雰囲気が漂っている気がしました。怪異なども、不気味さが感じられるものなので、少し他の話より生々しさが想起されるかもしれません(オチもなかなか生々しいけど)。こういう話もけっこう好き。

 

アニメでもそうでしたが、冒頭。

 

「山に穴が開いていた」

 

とぽっかり穴の開いたおかしな山を、蕎麦をずぞぞぞとすすりながら、半眼で眺めているギンコの表情が好き。笑

『蟲師』の一番好きなところは、なんかおかしな怪異が起こっても、そう騒ぎ立てないキャラが多いところですね。笑

ギンコ筆頭に、反応が薄い。でも案外、アニメやマンガで描かれているような反応ってオーバーで、現実的な人間の反応って案外淡泊だったりするから、『蟲師』のキャラの反応はなんだか親近感がわきます。私自身、そんなに反応が良いわけではないので、ギンコのずぞぞぞぞぞはツボにきた。笑

 

話は光脈筋のヌシについて。山の異変はヌシの変調だろうと里の者の依頼で山に入るギンコ。そこで出逢った里の者に慕われる蟲師、ムジカ。

彼がヌシをやっている、という山。

ムジカが怪我をしていたため、山は変調をきたしていたと。しかし、ギンコに助けられたので明日からはもう大丈夫だと。

 

しかし、山に近づいてくる鉦の音、そしてムジカの弟子であり、後継者であるはずのコダマがヌシの術を教えてもらってないことを知ったギンコは悟ります。

 

ムジカはヌシ喰いの蟲、クチナワを呼び、己をそれに喰わせようとしている――と。

 

ムジカの行いを止めようとするギンコの想いが、少し悲しい。

 

蟲を寄せる体質故、定住が許されないギンコ。漂白の身の上のギンコは、常によそ者。だからこそ、ムジカのように蟲師として里の者から慕われ、定住する生き方が「少し羨ましかった」。だから、「何かあんだろこんなのよりゃよ」ととにかくムジカを助けようとする。己が巻き込まれることもいとわずに。

 

「一人で勝手にこんな死に方決めてんなよ」

 

と必死になるギンコは新鮮でしたが、なんだか悲しかった。

 

求められている人を、自分の身の安全を引き替えにしても助けようとするのは、ギンコの性分なのでしょうね。これは『蟲師』の物語を貫いていると思います。最終話の「鈴の雫」などでも。

 

でも、思うのです。

 

求められていない人など、この世には誰一人としていやしない。それはギンコのように、家族も記憶も家もなにもない人物でも同じ事。

 

自分の生への執着はあるけれども、方法がそれしかないとき、彼はあっけなく自分を身代わりにする。それもまた「勝手にこんな死に方決めてんなよ」という感じです。

 

でも、だからこそ、彼と蟲の物語がとてつもなく色づくんでしょうけど。

 

しかし今回の終わり。ムジカが喰われて、ギンコは助かって。山にいたギンコとコダマ以外、彼を慕っていた里の者からもムジカの記憶がなくなってしまう悲しい終わりかた。でも、山の安寧は守られて、里の人の生活はムジカによって守られた。

 

その方法を止めようとしたギンコがムジカとのやり取りを回想するシーン。他にいい術などないだろうと言うムジカに対して、そのときギンコは「何かあんだろ」と言ったけれども。

 

「…………ないねぇ。残念ながら……」

 

とつぶやく。汗が彼の蟲師としての判断と、その判断では遣りきれない心の葛藤が現れています。

 

クチナワは見事な有様で山を統べる。

 

「……美事なもんだ……。人の気など知りゃしねぇ。なァ、クチナワよ」

 

 

応えぬクチナワに話しかけるギンコの様がなんだか……。やりきれないと同時に、なんかかっこええ。

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