漆原友紀『蟲師」1 ⑥

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「旅をする沼」

これは結構好きなお話のひとつ。

 

出ました好事家、収集家、医家のオモシロ先生!笑

ギンコの数少ない友人?で、『蟲師』のなかできっと二番目に登場回数の多い化野先生!

 

化野先生も面白いですが、今回はギンコの人に対する思いが表れていてとっても好きです。いつも冷静沈着な雰囲気のギンコのなかにある、驚くほど純粋な人への愛情と蟲への愛着が表現されていてグッときます。

 

ギンコが化野に、一人の女性を助けることを頼む、そんなお話だと思う。でもそれだけ聞いたらなんかロマンスな感じだけど、蟲が絡むだけでそんなロマンスも木っ端みじんなのがまた面白い。笑

 

旅をする沼。そこにいた一人の緑の髪の女性。沼の調査がしたいと彼女に嬉々として言うギンコはなんだか可愛い。笑

彼が蟲師をしているのは、成り行きもあったんでしょうが、普通に蟲に対する好意的な好奇心や探究心も大きいんでしょうね。研究者肌だと思う。蟲師の生業が、よく分からない蟲の生態を研究することも含んでいるなら、ギンコにとって蟲師は天職でしょうね。

 

しかし娘の過去がつらい。

「生きていていいと、言ってくれた」

その静かな笑顔に、晴れ着を大切そうに着る姿に、じわりと何か染みいるような痛みを覚えました。彼女を捧げた人びとに怒りを覚えることもできない。だけど、彼女が死を選ばされたことも受け容れがたい。そこにある仕方がないようなこと(でも仕方がないと呑み混みたくないこと)が、水蟲という蟲の存在で、形が変わる。

 

死を望まれた娘は、家族や里の人のために、それを受け容れながらもやはり生きていたかったんですね。だから、沼が彼女を生かしたことに心までも救われたんですね。でも、だからって沼と一緒に死ぬことはない。そう思う。でも、化野先生が言うように、生きのびることだけが幸せとは限らない。それも分かる。娘にとって、確かに生きることはつらすぎることかもしれない。

 

でも、そこで語られるギンコの考えに、私たちは耳を傾けるべきでしょう。

 

「蟲とは生と死の間に在る「モノ」だ。「者」のようで「物」でもある。死にながら生きているような「モノ」。それは一度きりの〝瞬間の死〟より創造を絶する修羅だとは思わんか。少しずつ人の心は摩滅される。そんな所へ行こうというのに、あいつは最後に見た時―大事そうに晴れ着を着ていた。それ以上の酷な事情ってのは……そうあるもんじゃないだろう」

 

 

人が生きているととても辛いことが起こる。誰も悪人がいるわけじゃないのに、どうしようもなく傷つけられたりする人がある。そしてその人を救うことのできる善人もまた、この世の中にはいやしない。だからこそ、やりきれない事は多く起こる。皆、仕方がないとか思いながら折り合いをつけながら生きていく。そして死んでいく。でも、そこで摩滅することなく、生きることを選び続けなければならない。全て受け容れながらも、その辛い世界のなかには、心を寄せる何かが必ず有るのだから。そんな風に感じました。そんな辛くも手放してはならない人の生を、「蟲」の孤独で寂しい世界と対にすることで、あぶり出して描いたような物語。

 

そんなことを、「旅をする沼」で感じました。

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