穂積『さよならソルシエ』1 ④

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第5話「夜明けのパーティー」。あまりに素敵だったので、今日はこの一話だけの感想を。

テオは画廊からある人物たちに対して、「夜明けのパーティー」の招待状を手配します。前話での不穏な雰囲気はそのままに、何かが始まる予感があります。一方、フィンセントの方はテオの画廊のキャンバスなどを使いながら(笑)、自由気ままにパリで絵を描いています。若い家族を失った葬儀の参列。そこでひとりの遺族との会話で語られる、フィンセントの想い。

 

「……毎日を、ただ、生きて。生きて生きて。精一杯生き抜いて、死んでいく人を僕は惨めだとは思わない…立派な人生だ」

 

遺族が「惨めだ」と言った死者の人生。フィンセントはまっすぐにその死者を見つめ、

 

「僕はそういうものを描きたいんだ」

 

と言います。

 

場面は変わって、イーサン画廊の開館式。アカデミー側の、立派で格式高い絵が並んだ画廊。目玉は前話でテオをつぶすと言っていた、ジェロームが描いた『枢機卿の肖像』。この絵を芸術の「新たなる夜明け」として賞賛する人びと。しかし、そこに突如現れたのは、招待状を持った浮浪者然とした一般人たち。これは、テオが呼んだ人たちですね。彼らに話を振り、あえて『枢機卿の肖像』の評価をさせる。浮浪者然とした彼らが、その肖像画に下した評価はもちろん、「こんなもん買うなら酒を買う」というもの。

 

テオがそこで言った言葉にぞくりとしました。

 

「どうやらここには彼らに理解できる絵はなかったらしい。でも皆さん!何も憂うことはないでしょう。元々、我々とは住む世界が違うんですから!」

 

「毎日の一杯のワインと一切れのパンを喜びとするような連中だ。ひたすら、ただ毎日を生きて、生きて生きて。精一杯生き抜いて死んでいく人生……連中はそれを、立派な人生だと思っている」

 

もちろん、テオは浮浪者たちを馬鹿にするフリをして、彼らを肯定し、ジェロームをはじめとする開館式の参列者たちを否定しているのは明らかです。

どんなに見目や性格が正反対でも、テオとフィンセントの価値観は全く同じ。

ついに、テオが真っ向切ってアカデミー側に宣戦布告をしたようなものですね。

 

ここから、テオの言う「新しい夜明け」がやってくるそうです。

 

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